多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

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多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展 アート
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清澄白河の空が高くなり、木場公園の木々が少しずつ色づきはじめるこの季節。

東京都現代美術館の地下展示室では、光を素材そのものに変えてしまった一人の彫刻家の仕事が、静かに、しかし確かな存在感を放って並んでいます。

「多田美波―光、凛と ゆれる」。

展覧会名にある「凛と ゆれる」という一見矛盾した言葉が示す通り、この展覧会で紹介される多田美波(1924–2014)の作品は、ステンレスやガラス、アクリルといった硬質な素材を使いながらも、光の反射や屈折によって表情を絶えず変え続けます。

多田美波という名前を、彫刻家としてよりも先に「あの建築の、あの光る壁」として知っている人も多いかもしれません。

帝国ホテル 東京のロビーを飾る光壁《黎明》や、皇居・新宮殿のシャンデリア。美術館の外で、都市の一部として生き続けてきた作品群を手がけた作家です。

本展は、その多田美波の没後初となる大規模回顧展。

初期の油彩画から、独学で挑んだ彫刻、建築と一体化した「光造形」、そして晩年の作品まで、約70年にわたる創作の軌跡を一堂に紹介する、これまでにない規模の展覧会です。

この記事では、会期・アクセスといった基本情報から、見どころ、混雑予想、ミュージアムショップの情報まで、訪れる前に知っておきたいことをまとめてお届けします。

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展覧会の概要

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

基本情報

項目内容
展覧会名多田美波―光、凛と ゆれる
会期2026年8月29日(土)〜12月6日(日)
会場東京都現代美術館 企画展示室 B2F
住所〒135-0022 東京都江東区三好4-1-1
開室時間10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
※11月の毎金曜日は20:00まで開館
休室日月曜日(9月21日、10月12日、11月23日は開館)、9月24日、10月13日、11月24日

アクセス

  • 東京メトロ半蔵門線「清澄白河駅」B2出口より徒歩9分
  • 都営大江戸線「清澄白河駅」A3出口より徒歩13分
  • 都営バスをご利用の場合は「東京都現代美術館前」バス停が便利です

チケット

区分料金(20名以上の団体料金)
一般1,600円(1,280円)
大学生・専門学校生・65歳以上1,100円(880円)
中高生640円(510円)
小学生以下無料
  • 障害者手帳をお持ちの方の割引や、他の割引制度については公式サイトで最新情報をご確認ください
東京都現代美術館|公式オンラインチケット(予約)
東京都現代美術館 オンラインチケット|ご予約はこちら

音声ガイド

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

無料の音声ガイドが用意されています。

案内役は本展の担当学芸員である田村万里子さん本人。やさしい語り口でとても聴きやすかったです。

イントロダクションのほか、《周波数37306505》《オートシンクローネ》《翔》《究》《Mirage》《スペース》「クラブ・赤いドア」の光造形、《チェーンデリア》、光造形《瑞雲》など主要作品について、学芸員ならではの視点で制作背景や技法が語られます。

展示室入口や各作品のキャプション横に再生用の案内がありますのでぜひご活用ください。

※東京都現代美術館公式サイトからも音声ガイドのリンクがあります。

多田美波―光、凛と ゆれる 学芸員による音声ガイド | MOT | Bloomberg Connects
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多田美波とは

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

多田美波は1924年、父の赴任先だった台湾・高雄に生まれ、4歳から京城(現在のソウル)で育ちました。少女時代に目にした大陸の雄大な自然は、後の制作にも影響を与えたといわれています。

「環境を芸術に入れるだけでなく、芸術を環境化する」

これは多田自身が語った言葉として紹介されている一節です。

美術館の壁の中だけでなく、駅やホテル、市庁舎といった都市の日常空間そのものを作品の舞台にしようとした、多田の制作姿勢を象徴する言葉だといえるでしょう。

女子美術専門学校(現・女子美術大学)で油彩画を学んだ多田は、当初は画家として活動していましたが、1960年前後から立体作品へと軸足を移していきます。

独学で挑んだブロンズ作品で二科展特選を受賞したのち、アルミニウムやアクリル樹脂といった、当時まだ目新しかった工業素材に着目。

ハンマーで叩く、バーナーで炙るといった独自の手法で素材の表情を引き出し、絵画で培った「手癖」を排除しようとしたと伝えられています。

1962年には多田美波研究所を設立。

以後、皇居・新宮殿の「光造形」(1968)、帝国ホテル 東京の光壁《黎明》(1970)、リーガロイヤルホテル大阪の光造形《瑞雲》(1973)など、建築と一体化した数々のプロジェクトを手がけました。

生涯で手がけた彫刻作品はおよそ200点、建築関連作品は500点に及ぶといわれています。

多田美波を知るためのポイント

  • 台湾生まれ、朝鮮育ち。少女時代から油彩画を学ぶ
  • 1960年前後、絵画から立体表現へと転向
  • ステンレス・アクリル・ガラスなど工業素材をいち早く取り入れる
  • 「光造形」と呼んだ照明作品で、建築空間そのものに作品を溶け込ませる
  • 脳梗塞による半身麻痺を経ても制作を続け、晩年まで新作を発表し続けた

筆者が個人的に興味深いと感じるのは、多田が一貫して「作品単体」ではなく「空間との関係」を追求し続けた点です。

彫刻の森美術館の第1回ヘンリー・ムーア大賞展で大賞を受賞するなど彫刻家としての評価を確立しながらも、多田は美術館という枠に留まることを選びませんでした。

駅や市庁舎、ホテルのロビーといった、誰もが日常的に通り過ぎる場所にこそ光の造形を置き続けたのです。

本展のタイトルにある「凛と ゆれる」という言葉には、そうした「都市に溶け込みながらも、確かな芯を持つ」多田の作家性が表れているように思えます。

所要時間と混雑状況

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

所要時間の目安

  • さっと見る場合:約60〜90分
  • じっくり見る場合(テキストパネルもすべて読む):約120分
  • ミュージアムショップや図録もじっくり吟味する場合:150分以上

本展は章立てのない、ゆるやかな時系列構成です。

初期の絵画から晩年の作品まで、約70点の作品に加えて建築造形のパーツやスケッチなどのアーカイブ資料も展示されるため、じっくり見ようとすると想像以上に時間がかかる可能性があります。

時間に余裕を持って訪れることをおすすめします。

混雑予想

私が行ったのはシルバーウィークの祝日開館直後。特に並びもなく、ゆっくり作品を楽しむことができました。

しかし、会場を出るお昼前頃には少し混み始めている印象でした。

ただ、没後初の大規模回顧展ということもあり、会期が進むにつれて来場者が増えることが予想されます。

また、天井高19メートルのアトリウム空間に展示される大型作品《翔》(1986)などは、ゆっくり眺めたい作品でもあるため、会期後半の週末は混雑する可能性があります。

ほとんどの作品が写真撮影可能で、映える作品も多いです。(動画撮影は禁止)

平日の午前中や、閉館間際の時間帯が比較的落ち着いて鑑賞できるのではないでしょうか。

展覧会の様子

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

会場は章立てされておらず、キャリア初期から晩年までをゆるやかな時系列でたどる構成です。

地下の展示室と、外光が差し込むアトリウム、隣接する屋外展示エリアを使い、多田の約70年にわたる仕事を空間全体で見渡せるようになっています。

油彩画から立体作品へ

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展示は1950年代の油彩画から始まります。

多田は当時、現代社会を象徴する画題として「変電所」を繰り返し描いており、《変電所》(1958)は太い黒線と白色で構成されたシンプルな画面ながら、実は多様な白を塗り重ねているといいます。

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この頃からすでに「光」を内包する表現を模索していたことがうかがえる、貴重な初期作品群です。

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キャリアの転機となったのは、初のコミッションワークとなった《炭鉱》(1957)にまつわる仕事です。

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日本炭鉱労働組合のビル(炭労会館)の入口に設置するレリーフのコンペを勝ち抜いたことが、多田が「建築と一体化した空間表現」に踏み出す原点となりました。

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会場に展示されている油彩画《炭鉱》(1957、東京国立近代美術館蔵)は、そのレリーフのための下絵。

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完成したレリーフ本体は現在夕張市石炭博物館に所蔵されており、会場では写真パネルでの展示となっておりましたが、とても迫力があります。

1960年頃からは平面から立体へと軸足を移し、独学で挑んだブロンズ作品《発祥》(1960)で二科展特選を受賞。

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続いてアルミニウムに着目し、ハンマーで叩く、バーナーで炙るといった独自の手法で素材の新たな表情を引き出しました。

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アクリルと光造形の時代

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代表作のひとつ《Phase-Space 6943》(1969)は、成形したアクリルにアルミニウム蒸着メッキを施した作品。

一見すると金属のように見える鏡面が、鑑賞者や周囲の風景を映し出します。

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音声ガイドで丁寧に解説されているのが《周波数37306505》(1965)。

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歪んだ半球が6つ、壁掛けの鉄製ベースから突き出した作品で、前で動くと半球に映る自分の姿や景色が伸び縮みする体験が楽しめます。

アクリル板を熱で膨らませ、内側にアルミを真空蒸着した面が光を反射する仕組みで、実はお菓子の袋の内側の銀色にも同じ技術が使われているのだとか。

第8回日本国際美術展で優秀賞を受賞した、多田の代表作の一つです。

タイトルの「3730」は「ミナミ・タダ」の語呂合わせで、《周波数》シリーズ共通の数字なのだそうです。

床に置かれた《オートシンクローネ》(1973/2026)は、50cm角のアクリル板を半球状に膨らませたユニット100個を床に配置した彫刻。

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オリジナルは現存せず、残されていた型と設計図をもとに多田美波研究所が本展のために再制作しました。

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ユニットには5種類のバリエーションがあり、本展では縦横10列に並べていますが、展示空間に応じて構成を変えられる作品だそうです。

1970年代前半、大阪万博などで複数ユニットを水面に浮かべる表現を試みていた多田が、その発想を室内空間に展開したものといわれています。

アクリルによる本格的な彫刻制作に先駆けて新素材の可能性を探る研究も重ねており、その成果を身近な照明器具として具現化していました。

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必見のひとつが、洗面台や浴槽に使われるボールチェーンを何重にも束ねてつくられたシャンデリア《チェーンデリア》(1963)。

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結婚式や宴会に使われた「マツヤ・サロン」に設置されていた作品で、原作品は建物の解体とともに失われましたが、当時の平面図と写真をもとに多田美波研究所が再制作しています。

この作品に感銘を受けた宮内庁の高尾亮一氏が、皇居・新宮殿の照明を多田に依頼したことが、多田の名を一躍知らしめる一大プロジェクトの出発点になったといいます。

リーガロイヤルホテル大阪(旧ロイヤルホテル大阪)のための光造形《瑞雲》(1973)も、当時の設計図をもとに、長さ8センチほどのクリスタルガラス・パーツ約3,000個を用いて再構成されています。

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ガラスに含まれるネオジウムは光源によって色調が変わる性質があり、多田は昼と夜で印象が大きく変わらないよう6種類の色味のパーツを組み合わせて全体のバランスを取ったそうです。

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硬質で重いガラスを細かなパーツに分けることで柔らかさと軽やかさを生み出す、多田が得意とした手法のひとつだといいます。

皇居・新宮殿の「光造形」(1968)、帝国ホテル 東京の光壁《黎明》(1970)など、建築と一体化した多田の代表作の数々が、写真やスケッチ、素材見本とともに紹介されています。

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「クラブ・赤いドア」の光造形と、多田美波研究所を模した部屋

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もう一点、印象的な逸話を持つ作品が、大阪のバー「クラブ・赤いドア」のために1965年に制作された光造形です。

閉店の際、関係者が「捨てるわけにはいかない」とパーツを取り外し、多田美波研究所に託したことで今日まで残りました。

大きさの異なるアクリル板を熱で傘状に変形させたパーツに上から光を当てると、断面が輪郭となって輝く「エッジライト効果」が生まれます。

当時は花束のように密集して設置されていましたが、本展では一つひとつの造形が際立つよう構成されているそうです。

多田は美術館の外で作品を生かし続けた作家でしたが、そのぶん作品の存在は、建物や店舗の運命と切り離せないものでもありました。

「クラブ・赤いドア」が閉店すれば、その光造形もそのまま失われてもおかしくなかった。関係者がパーツを持ち出し、多田美波研究所に託したという逸話は、都市に溶け込む作品の脆さと、それを惜しんだ人々の存在を同時に物語っているように思えます。

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このあたりの展示室は白を基調とし、東京・久我山にある多田美波研究所のギャラリー「スペース究」をイメージして構成されています。

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多田美波研究所は1962年、38歳だった多田がアクリルを使った照明・彫刻の研究を深めるために立ち上げた事務所兼アトリエ。

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1971年から制作を共にしてきた岩本八千代所長によると、素材の加工を「ああでもない、こうでもない」と実験し続ける日々だったそうです。

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彫刻《スペース・アイ No. 4》の先には、研究の成果として発表された野外彫刻の数々が写真で紹介されています。

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アトリウムの大型作品と、脳梗塞を越えた《究》

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1970年代以降、多田は自立型の立体作品を多く手がけるようになります。

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作品の周囲を歩きながら、角度によって大きく変わる表情を鑑賞できるのが、この時期の作品の面白さです。

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ハイライトのひとつは、天井高19メートルのアトリウム空間に展開される大型作品群。なかでも頭上に吊られた《翔》(1986/2026、ステンレス)は圧倒的な存在感を放ちます。

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5つのパーツで構成され総重量360キロにも及びますが、その重さを感じさせない軽やかさで宙を舞うような造形です。

もともと神奈川県南足柄市の市庁舎の天井高い空間のために制作された多田初の「吊り彫刻」で、設置から数十年を経て近年撤去されていました。

当館での個展開催にあわせ、自然光の入るアトリウム空間を活かす展示として再制作が検討され、当時の製作技術の研究と近年のモデリング技術によって実現したそうです。

ステンレスでこの複雑な曲面を再現するのは技術的に大変難しかったといいます。

湾曲した球体のような彫刻《究》(1999)も見逃せません。

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多田は1997年、脳梗塞によって左半身に障害を負い、それまでのようなアクリルやステンレスの板材を膨らませる制作が難しくなります。

それでも「粘土なら自分の手で形づくれる」と、研究所メンバーに用意してもらった大きな粘土の塊に何日も向き合い、へらで少しずつ削って原型を仕上げ、鋳造によって完成させました。

多田が彫刻家として制作を再開する大きな契機となった一作です。

陶とステンレス、素材への挑戦は続く

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ステンレスやアクリルなど、当時開発されて間もない素材を好んで使った多田ですが、後年は「陶板」と呼ばれる焼き物にも取り組みました。

彫刻《Mirage》(1989)は、豊かな色彩を陶板に焼き付ける技術で知られる大塚オーミ陶業(滋賀県)との協働で生まれた作品。

1983年に始まったこの協働は、多田との仕事をきっかけに、真珠のような繊細な光沢を陶器に与える「ラスター釉」の技術がさらに磨かれ、2013年に長崎・オリーブベイホテルへ手がけた巨大な陶板レリーフまで、30年にわたって続けられました。

一方、屋外彫刻の多くにステンレスを選んだのは、加工の自由度と、鏡のように周囲を映し込む面白さ、そして耐久性が理由だったといいます。

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

展示室から見れる屋外に設置された《スペース》(2009)は、単純な円形ではなく複雑にねじれた構造を持つ作品で、縁取る線をたどると外側の線が内側へ、内側の線が外側へと一本でつながっているのがわかります。

風に揺れる水面に周囲の景色が映り込む様子も見どころです。

最後を締めくくる遺作

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

展覧会の最後を飾るのは、多田が晩年に再び向き合った油彩画《瑞光》(2013)です。

かつて「手癖」を嫌って離れた油彩表現に立ち返って描かれた本作は、大塚オーミ陶業との30年にわたる協働の集大成として長崎・オリーブベイホテルに手がけられた陶板レリーフ《瑞光》のための原画。

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

展覧会は、その大きなプロジェクトの原点となった一枚の油彩画で幕を閉じます。

ミュージアムショップで販売されているグッズ

東京都現代美術館にあるミュージアムショップ「NADiff contemporary」には展覧会関連のグッズも販売されています。

多田美波―光、凛と ゆれる|東京都現代美術館で出会う、没後初の大規模回顧展

展覧会公式図録(3,850円)は展示作品に加えて、代表的な屋外彫刻作品も紹介されています。

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多田美波研究所からはガラスのうつわ、ブローチなど、手頃な値段でも多田の作品を彷彿とさせるグッズも販売されておりました。

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まとめ・感想

こんな人におすすめ

  • 建築やインテリアの中にある「美術」に興味がある人
  • 光や反射、素材の質感といった現象そのものに惹かれる人
  • 戦後日本の女性作家の再評価に関心がある人
  • 帝国ホテルや皇居新宮殿など、日常で目にしてきた空間の背景を知りたい人
  • 「回顧展」で作家の全体像をじっくり追いたい人
  • 作品にまつわる逸話や裏話を楽しみたい人

感想

多田美波の仕事をこうしてまとめて見ると、彼女がいかに「美術館の外」で作品を生き続けさせてきたかがよく分かります。

帝国ホテルのロビーを何度も通り過ぎたことがある人、皇居周辺を歩いたことがある人にとっては、見慣れていたはずの光景の背後に、一人の作家の70年にわたる探究があったことに気づかされる展覧会になるはずです。

多田美波―光、凛と ゆれるは、2026年12月6日(日)まで、東京都現代美術館で開催中です。

会期後半は混雑が予想されるため、余裕を持って訪れることをおすすめします。

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